おすすめ度:78%
推し度:100%
オタク度:100%
原題:성덕 / Fanatic (85分)
楽しかった推し活、しかし推しが性犯罪で逮捕され私の生活は一変する。2021年のドキュメンタリー映画。
あらすじ・キャスト
あるアイドルの大ファンだった私(今作監督でもあるオ・セヨンさん)。
かつてはメンバーにも認知され「成功したオタク」と一部界隈で呼ばれていた、そしてそう自認していました。
彼を応援する、そんな楽しい気持ちがそのまま続くと思っていた…、推しが性犯罪で逮捕されるまでは。
あの日を境に世界が一変した”私”と同様、複雑な思いを抱いているであろうファン達を訪ねるドキュメンタリー映画。
感想
ある日、推しが逮捕された、というキャッチフレーズを事前に知っていたので、大体の雰囲気は予想できましたが、想像以上に私はかなり真剣に入れ込んで見入ってしまいました。
映画(と原作図書)の謳い文句の通り、監督でもあり話し手・聞き手のセヨンさんのかつての推し、チョン・ジュニョンが性犯罪者となり(いわゆるバーニング・サン事件
*Wikipediaリンク)2019年に逮捕された件に関して、熱烈なファンであった頃の自らの気持ちに対峙する構成の2019年から2021年に撮影されたドキュメンタリです。
(今作は韓国では2021年に映画祭に出され、公開は2022年です)
セヨンさんだけでなく様々な人が、彼女たちの推しの犯罪(主に性犯罪)に直面した時の意見を率直に述べている今作。
それが面白い・興味深いというより、アイドル含めて芸能人を好きになることの歯痒さや葛藤。逃げ道の無いような、昇華しきらない悶々とした孤独な苦しみをより感じとりました。
視聴していて全ての方の色々な方向からの感情に同意もできましたし、観ていて自分だったらどうかなとずっと考え込んでしまいました。
インタビューに答えている方々が全てごく普通の女性で(語弊があるかもしれませんが、素の表情から感じられるカメラの前でもあまり取り繕ったものがないという意味です)、同性として感じるものも多かったですし、人間の感情のいじらしさが生の声で強く伝わり自分まで苦しくなりそうでした。
当然、性犯罪には被害者の方々が存在しますが、今作でフォーカスされているのはあくまでも犯罪者になった”推し”に対しての、突然行き場を失ったどうしようもない「私の気持ち」に注視して語られているものになります。
また、あくまでも監督セヨンさんとその他複数の方の考えだけの、割とクローズドで一方的な主張がされたドキュメンタリであるということを踏まえて視聴するべき作品です。
個人的に私はそれは面白いと思ったのですが、一般的なファン”みんな”意見として捉えるべき内容ではないというのは注意点かと思います。
ドキュメンタリー映画ですが、ただ作品そのものとしては何となく尻切れトンボ的なものも感じはしました。
何となく未完成さが残るというか(すみません)、その後の感情の推移をもう少し突っ込んで欲しいというか。
ただ、誰かを推す=人を好きになる、応援したくなるというある意味で自分でコントロールしにくい自然に湧き出るような感情について、結末も結論もないんだという意味と、芸能人を推すという行為そのものの刹那的な意図もあったのかな、と個人的は感じとりました。
監督でもあるオ・セヨンさんは99年生まれの女性で、今作がデビュー作ですが、このようなドキュメンタリ映画が日本にも入って上映されたのは素晴らしいというか、しっかり作品が評価されている土壌がありすごいなと純粋に感じた次第です。
特に異性のアイドルを強く推している方やそういう経験があった方には特に何かしら共感を得るものになっていると思いますが、人の感情の複雑さなどにも興味がある方は視聴されてみてはいかがでしょうか。
少なくとも私は観て良かったと思えました。
ゆるいネタバレありの感想
ドキュメンタリーなので、話の筋のようなものは特に(もちろんありはしますが…)強くありません。
個人的にインタビューされた彼女たちの印象に残ったコメントやシーンについて思ったことを少し書いてみます。
・タイトル「성덕(ソンドク)」
ソンゴンハン(成功した)+ドクフ(オタク)という言葉を短くして、ソンドクと呼ばれるそうです。
監督であるセヨンさんは主に高校生の頃にチョン・ジュニョン、韓服を着用して彼のサイン会や握手会の常連(?)になって、ついには本人や他のファンからも認知されるまでになった、まさに自他ともに認める成功したオタクでした。
この多感な年齢の頃に推しにハマってしまったセヨンさんですが、この年齢だからこそ余計に精神的にダメージを受けたのではと推測される、愛する推しの性犯罪。
アイドルの犯罪は被害者の方はもちろんですが、犯罪者であるアイドルのファンまでも間接的に事件に巻き込みます。
特に男性アイドルのオタクは一般的には女性が多いわけですが、対女性に対して発生した性犯罪が、犯罪者と女性ファンとの構図を非常にグロテスクなものにしているわけで、その狭間でファンが苦しんでいることがよくわかります。
決して過去の事件というわけでなく現在もそのような事件は発生していますので、このようなオタクと推しとの”苦しい関係”は決して他人事ではないのかもしれません。
・かつての救済者
現実社会で嫌なことがあっても、そのアイドルの”世界”では彼はいつも自分の救済者であって、いつも楽しく平和だったのに裏切られた、と話していた方がいました。
これは作品中でもあった「依存」と関係している事かと思いますが、結局私たちが”彼ら”にみているものは幻想のひとつに過ぎず、危うさが見え隠れしている内容です。
語ったご本人もとても冷静でユーモアを交えて話していらっしゃいましたが、結局そういうものなんですよね…。それがわかっていても次もそうなっちゃうかもしれない、というか。
相手が芸能人なら尚更ですが、そもそも他人を100%理解しきるなんて到底無理なのですけれど、わかったように勘違いしてしまう、そして裏切られたと(勝手に)思ってしまうというある種の無常を感じてしまいました。
裏切られた、というのはファンの気持ちとして非常に理解できますが、元々そういう人だった、隠されていただけで見えていなかったということもある訳で。(でもわかるはずなんてないんです)
・元推しへの言葉
ファンが彼を調子に乗らせてしまった(だから犯罪に走らせた)という、犯罪に加担したような罪悪感を持っている方。
まだファンであり続けるという人に対して、(結果的に)性犯罪を黙認している行為だと主張する方。
かつての推しに対してのコメントを求められた時、ストレートな言葉を投げる方もいましたが(それも当然でしょう)、一方で多くの彼女たちの言葉から「昔は全身全霊で好きだった」という未だその想いが見え隠れした意見が多くて、個人的には胸が締め付けられるような気持ちになりました。
またセヨンさんが、当時集めまくったグッズを弔うシーンがありました。
自分たちを傷付けた犯罪者の推しに対して、グッズに纏わる思い出話をしている時のセヨンさんからは、ジョークを飛ばしながらも何とも言えない特別な輝いたような表情になっていて、私は観ていて不思議とちょっと泣きそうになりました。
まだ彼のことが過去として整理しきれていない、そんな切なさが見えました。
被害者の方はもとより、どうしてファンである彼女たちをも傷つけてしまったのか?腹立だしくさえ思えました。
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推しが犯罪者になり、とんでもない気持ちにさせられてしまった彼女たち。
作中では「推しに依存せず、度を越さない程度に」ファンになろうというような一般的な帰結になりそうでした。
というか、結局それしか言えないですよね。(悪い意味ではないです)
でもそれが本当に難しいしだろうし、懲りてもまた新たな推しを人は再び見つけてしまうのだろう…。
そんなどうしようもない人としての感情とアイドルの存在そのものの短期消費のような刹那な文化、フェミニズムなど様々なことを観ていて考えさせられた次第です。
85分のドキュメンタリでしたが、思ったよりずっと妙な感情の渦を自分の中にザワザワともたらして来た作品だったなと思いました。気になったので本も読んでみたいなと思います。